未来はずっと先だよ
ここ最近は全く利用していないけれど、今から3年くらい前は、町田のマットヘルスにしょっちゅう行っていた。
その日も、たまたま仕事が休みで時間があったので、午前中に店に行ってみた。
確か10時からオープンだったかな、という軽い気持ちで10時過ぎに足を運ぶと、店の前に数人の行列が出来ていた。
おいおいマジか、と思いながら受付を済ませると、一時間待ち。
口にピアスをあけた店員の兄ちゃんが心底申し訳なさそうな表情で「今日は人気の女の子が二人も出勤してるんですよ」と言った。
僕は「大丈夫ですよ」と笑顔で答えて店を出た。一時間も何をすればいいのか分からなかったので、近くのボーリング場の端に座って本を読んだ。
そうすると、この街に関するろくでもない思い出が雨後の竹の子のように頭に浮かんできた。
僕は本を閉じてため息をつき、首を横に降った。
やれやれ。
あの頃に付き合っていた女の子は僕のことが確かに好きだと言ったけれど、僕はそれを放り出してしまった。彼女は自分の心の病を深く憎んでいて、それとの付き合い方に悩んでいた。僕はそれをもっと受け入れてあげなければならなかった。それなのに僕は彼女を捨てた。
僕が別れようと言った時の彼女の瞳が今でも頭から離れない。もうすぐ15年が経とうとしているのに。
そんな風にしているうちに一時間が経ち、店に戻ると、待合室で10分ほど待たされた後、ちょっと細身の女の子とペアになった。
黒髪を肩まで伸ばして、色が白く、笑うと口もとにえくぼができた。美人ではないけれど、愛嬌があって、決して嫌いな顔ではない。年齢はよく分からない。二十代かもしれないし、三十代かもしれない。僕は女性の年齢については何一つ分からない。
部屋に入ると、彼女は林檎の皮を剥くようにスルスルと黒いドレスを脱ぎ、あっという間にエメラルド色の下着を取り、裸になった。僕も服を脱ぎ、裸になった。
マットのプレイ自体は可もなく不可もなくだったけれど、不快ではなかった。僕の身体を洗いながら、ローションを塗りながら、何かをしながら彼女は始終笑顔で鼻歌を口ずさんでいた。僕は彼女の鼻歌の曲名なりアーティスト名なりを探ろうと注意深くそれを聴いていたけれど、分からなかった。
彼女は「旅行に出掛けたい」と言った。「友達もあんまりいないし、そのままどっか消えちゃいたいなぁ」と。
僕はそれについて少しだけ考えてみたけれど、何を言うべきか分からなかったので、黙っていた。
最後に名刺をもらうと、コメント欄に「不細工なオバハンでごめんね」と書かれていた。あまり美しい字とは言えない。
僕は彼女を不細工なオバハンだとは思わなかったし、それなりに楽しい一時間だった。
帰りの電車の中。ウォークマンで宇多田ヒカルの「光」を聴いた。
「未来はずっと先だよ僕には分からない」という歌詞は、あの頃の僕と同じだった。